2017年11月11日

2017 九州発明表彰式典

11月10日に城山観光ホテルで九州地方発明表彰式があり、出席してきました。

九州地方発明表彰式は、公益社団法人発明協会が主催し、九州管内で生まれた優れた発明(特許が成立し活用実績も大きい発明)を表彰する式典です。本年度は鹿児島県発明協会が実施主体となりました。表彰式には日本弁理士会から副会長が出席し、会長賞を授与しました。

鹿児島県内からは三州産業、藤井ピアノサービス、鹿児島大学、十津川農場、マトヤ技研の各団体様が受賞。おめでとうございます! 本表彰は特許が成立するだけでなく実施活用が重視されるため、とても意義のある賞です。

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九州管内は三菱電機、TOTO、本田技研のような大企業と地元に根差した中小企業が存在し、お互い競争力に磨きをかけていることと思います。このような発明表彰は独自の技術を事業に活かして推進せんとする企業さんにとって大いに励みになるものと思います。九州発の発明やアイデアが全国に普及し、多様に活躍できることができたなら、そのお手伝いをする弁理士にとっても、仕事の冥利につきます。

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posted by KH at 18:53| 知財イベント

2017年10月31日

真田幸村伝承の地

南九州市にあるクライアントの会社を訪れた際、近くに真田幸村伝承の地があるというので行ってみました。

真田幸村は、豊臣方の武将として大阪夏の陣で活躍し、猿飛佐助や霧隠才蔵といった真田十勇士が仕えたことでもよく知られますが、大阪の陣の後、島津の軍船で鹿児島に逃れ、今の南九州市頴娃町に潜伏したという伝承が残ります。幸村が鹿児島に逃れたという根拠は、幸村の子孫と称される墓(頴娃町別府大川)に六文銭が刻まれていることだそうです。

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幸村伝承の墓があるとされる雪丸集落は頴娃町に広がるお茶畑からちょっと奥に入ったところにあり、雪丸集落から少し山を登ったところに駐車場が整備されています。車を停めて、山道を10分ほど登っていくと、一基の古いお墓がぽつんとありました。

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なんでこんな山の中にぽつんと墓があるのでしょう。江戸の昔からここにあったのかそれとも元は別の地にあって今の地に移転されたのか。

豊臣秀吉が島津征伐のため薩摩藩の現在の薩摩川内市まで進出したり、関ケ原の戦いで島津義弘が大阪から船でかろうじて鹿児島に逃れたり、関ケ原の戦いに敗れて薩摩に逃れた宇喜多秀家を島津が匿ったという歴史があることに照らせば、同じ時代に、真田幸村が島津を頼って鹿児島に逃れたというロマンも史実の可能性としてなかなか捨てきれないものがあります。

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posted by KH at 00:00| 歴史・文化

2017年09月30日

2017 東京‣目黒の思い出

JR目黒駅を降りると懐かしい。30年前に初めて東京で暮らした街が目黒です。

JR目黒駅から権之助坂を下りると、アーケード付きの商店街が続き、交差点の向かい角にある大鳥神社を過ぎてゆるやかな坂を上がっていくと東急ストアが今もあって目の前に元競馬場前という名前のバス停がある。バス停の先を左に入ると下目黒4丁目。閑静な高級住宅街が広がり、歩いて坂道をゆるく降りたところにアパートがありました。

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大鳥神社

当時のアパートは1階が大家で2階を貸間用に改造したもの。風呂が付いてなくて近くの銭湯(今は廃業)に毎日通ったことは今思うといい思い出です。アパートの目の前には林試の森という森があって、夜は都会の中とは思えないほどしんとしていて、風が吹くと森の木々がざわつき、夜中に銭湯から帰るとき、漆黒の森の木々を見上げると木々のざわつきに不気味さを感じるときも。

銭湯の前には目黒不動尊の庶民的な商店街が続き、アパートに引っ越してしばらく生活に慣れると、不動前駅まで歩いて、不動前駅から東急目蒲線で目黒駅まで向かう通勤ルートに変わりました。東急目蒲線は目黒駅と蒲田駅を結ぶ路線で、目蒲線を走るグリーン色の車両は30年前の当時も東京にしてはずいぶんとレトロな電車で、ローカルな路線だなと感じるものでした。

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春は桜がきれいな目黒川

九州から東京にきて東京駅前の志賀国際特許事務所に勤め始めた頃の話です。

posted by KH at 15:37| 街の風景