2017年01月28日

南日本新聞俳壇「屋久島」

南日本新聞の読者文芸欄に、今年で85歳になる実父の俳句の想い出が掲載されました。父は俳誌「ざぼん」に所属。

タイトルは「屋久島
屋久島は父が新採教員になって最初の赴任地。昭和29年というから戦後まだ10年もたたない頃。父によると鹿児島港からの船で船酔いに苦しみながら安房港に着き、そこからボンネットバスに揺られながら赴任地の栗生に降り立ったという。保護者からは二十歳そこらの坊主頭の詰襟が子どもの担任と知って驚いたが、温かく迎え入れてくれたらしい。当時の教え子と山にメジロ捕りに行ったり、栗生浜にウミガメの卵を採卵に行ったりしたエピソードを語ってくれました。

ウミガメの採卵のエピソードは面白い。時代は昭和29年。当時は浜に上陸したウミガメが産卵した卵を子供たちと採卵し(100〜150個のうち20〜30個は砂浜に残した)、採卵した卵を地域で売り歩き、売り上げた代金は学校の学用品代に宛てたそうです。保護者も亀卵の売上の用途を知っているので子供たちに喜んで協力してくれたそうです。

南日俳壇に掲載された父の想い出は、屋久島に赴任した年の夏休みに宮之浦岳に他の先生や職員と一緒に登ったときのもの。総勢7名が2泊3日の宮之浦登山に出発。安房から屋久島営林所のトロッコ列車に乗せてもらい、初日は小杉谷集落(当時屋久杉の伐採で多くの関係者とその家族が小杉谷に暮らしていた)にある分校の計らいで宿直室に一泊し、翌日に湿原の花の江河を経て宮之浦岳の山頂へ。登頂できて達成感で一杯だったんでしょう。みんなで万歳三唱したそうです。

夏の岳万歳の声散りめきぬ

夏山や眼下に見ゆる種子島

父の屋久島への赴任は7年におよびその間に母が嫁ぎ、姉が生まれました。栗生小学校を一人だけ離任するとき教え子や保護者が栗生浜に大勢見送ってくれたそうです。当時の写真を見ると手漕ぎのはしけ船(伝馬船)に乗った父と幼い姉を背負った母がたくさんの紙テープを手に持ち見送りの子供たちや保護者と別れを惜しんでいる様子が見られます。離島に赴任する先生、離島から離任する先生を紙テープで子供たちが見送る風景は今も各地の港で見られる鹿児島ならではの風景です。

屋久島でセミナーを開いたとき、私の名前を聞いて懐かしがった当時の教え子の方が栗生からきてくれました。父は栗生小学校の同窓会(還暦祝い)に招かれ、50年ぶりに当時の教え子と再会を果たしました。今も当時の教え子の方との交流があるようです。なんだかうらやましいですね。

posted by KH at 16:21| 歴史・文化

2017年01月16日

2017 謹賀新年

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2017年明けましておめでとうございます。

2016年はいろんな出来事がありました。
一番大きいのは鹿児島県と日本弁理士会による知財支援協定。これは鹿児島県の知財推進に日本弁理士会が支援しようとする協定です。「金融知財フォーラム in 鹿児島」や「巡回特許庁 in 鹿児島」もありました。金融と知財のコラボによるフォーラムは鹿児島初です。

2017年はどのような1年になるでしょうか。
トランプ大統領の登場、TPP問題、日米・日中・日韓・日露関係、経済が影響される以上、知財も少なからず影響されると思います。鹿児島から始まった明治維新150年を翌年に控えて飛躍の年。鹿児島を知財で盛り上げたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします

弁理士 東 和博


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上は鴨池港から望む元旦の桜島/下は鴨池港から望む初日の出



posted by KH at 21:22| 事務所の日常